車内での出会い

「あの、これいかがですか?」

 八戸行き「はやて13号」。窓際の席から、女の子の声と共に手が伸びてきた。

 フツーの、じゃがりこ系スナック菓子。

 一瞬、意味がわからなかった。

「え? あ、はい、いえ、大丈夫です」

 意味不明な受け答えをしつつ、その声の主の顔を見た。
 若くかわいい……というか、幼ささえ感じる女の子だ。

 ようやく、事態を飲み込むと、僕はなんだか嬉しくなってきた。

 この子は、列車で偶然隣りに座った人に、普通にコミュニケーションをとっているのだ。

「あ、そうですか……」

 ちょっと申し訳なさそうにお菓子を引っ込める彼女に、話しかけてみた。

「どちらまで行かれるんですか」

 僕が中学生くらいのころまでは、列車の中で同席した人に話しかけるのは、ごく普通のことだった。どちらまで行かれますか。ちょっと込んでますね。雑誌、お読みになりますか。

 それが、いつのころからか、ほとんど見られなくなってしまった。4人座席の急行が減って、特急ばかりになったからだろうか。プライバシーの意識が高まりすぎて、ちょっとしたコミュニケーションがとりにくくなったのかもしれない。

「八戸までです」
「あ、僕もですよ。速くなりましたね」
「お仕事ですか? あ、実家が青森とか……」
「いえ、今日は遊びです。今日だけ使える安いきっぷがあるんで……。ご実家に行かれるんですか」
「はい、昨日まで仕事で、やっと。でも、明後日には戻らないと」

 こういう、車内でのちょっとした出会いを楽しむなんて、何年ぶりだろう。

 それからしばらく、僕はその女の子と他愛のない会話を楽しんだ。彼女は中学のころから福祉の仕事をするのが夢で、高校時代に資格をとり、卒業と同時に上京したのだそうだ。そして、上京してから9カ月たった今日、初めて実家に帰るのだという。

 足下には、東京ばななとか、ひよことか、東京のお土産袋がいっぱい置かれている。

 きっと、彼女の名前はろくこちゃんに違いない。

 新年早々、小さな、心温まる出会いだった。

プライバシー保護のため、実際とは若干内容を変えてあります。

コメント

  1. grund より:

    明けましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。それから新しいブログを作りましたので時間があったら遊びに来てください。^^

  2. 歩き者 より:

    景さん、新年あけましておめでとうございます。
    今年の最初を飾る心温まるエントリー。
    こういう話しを聞くと、まだまだ日本も捨てたものではないなと感じます。
    信じられない事件が起きる最近の日本。
    一気に解決とは行かないまでも、
    こういう小さいレベルでのコミュニケーションが、本来の人間性回復への道筋のような気がしますね。

  3. かんりにん より:

    歩き者さん、今年もよろしくお願いいたします。
    これが心暖まる話かどうかはびみょーなところです。単に「十代の女性とお話してにやけていた三十代オッサン」のエントリかもしれませんよ(^^)。