「役不足」と「力不足」

スポーツ新聞の記事を翻訳した。その中の一文。
「エリックの演技力は、この役をこなすにはまだ 역부족 だった」
역부족。カタカナで書くと、ヨ(ク)プジョ(ク)。
「プジョ(ク)」は「不足」、「ヨ(ク)」に当たる漢字は域、易、訳、駅、逆、役……、ということは、「役不足」だな。
「エリックの演技力は、この役をこなすにはまだ役不足だった」
……あれ、ヘンだ。「役不足」とは、本来「自分に割り当てられた役に対して不満を抱くこと(広辞苑より抜粋)」という意味。エリックの演技力が優れていて、もっと重要な役を演じさせるべきだという時に、「エリックの演技力を考えると、今回の配役は役不足の感がある」などと使うものだ。上記の文章なら、「エリックの演技力は、この役をこなすにはまだ力不足だった」とすべきだろう。これは日本語でも非常に混同しやすい間違いで、僕もしょっちゅう間違えていた。韓国語なら、「능력부족(ヌンリョ(ク)プジョ(ク):能力不足)」とかが正しいはず。韓国でも、同じように混同されて使われているわけか。
 これは面白い、ネタにしよう、と思い、念のため辞書を引いた。
「역부족(力不足) 力量・技量などが不足すること[及ばぬこと]」(小学館朝鮮語辞典)
 ……なんと、これで「力不足」なのだった。漢字辞典にあたる「現代活用玉篇」を見ても、「역(ヨ(ク))」に「力」という意味はない。どういうことかと思ったら、韓国では、語頭にㄹ(L/R)の音が来ると、L/Rが消えてしまうのであった。李さんが、英語で書くと「Lee」なのに、実際の発音は「イーさん」になるという、あれだ。
 ということは、この現象のない北朝鮮では、「력부족(リョ(ク)プジョ(ク))」と言うのだろうか。うーん、奥が深い。
 ちなみに、東亜Prime日韓辞典によれば、「役不足」に当たる熟語はないらしい。「(能力に比べて)職責・役割が足りない」と文章で説明がついていた。能力不足という言い方は、しないようである。