丸田祥三氏「棄景写真剽窃被害」訴訟に思う

 長文です。すみません。

 今回、丸田祥三氏と小林伸一郎氏の訴訟を実際に傍聴した。率直な感想をひと言で言えば、

「"盗作"が誤解であるなら、なぜ小林氏はこれまでそれを解こうとしなかったのか」

 ということだ。

 丸田氏が小林氏を提訴したのは、2009年1月。だが、いきなり提訴したわけではなく、それ以前から抗議を行っていた。丸田氏によれば、約10年前、小林氏が『廃墟遊技』を出版した後に抗議の手紙を出版社気付けで送ったそうだ。

 仮に、これらの作品の類似が全くの偶然で、小林氏に他意がないのだとしたら、なぜこの時に誤解を解こうとしなかったのか。 

 月刊『創』2008年5月号(4月発売)でこの問題が取り上げられた時、小林氏は「これまでに丸田氏(略)からその件で直接抗議を受けたことはありません」と回答している。これが、「出版社経由で抗議を受けたことならあるが、直接言われたことはない」という意味だとすれば、問題の存在を10年前から認知していたことになる。なぜ誤解を解く努力をせず、放置したのだろう。

 あるいは、何らかの理由で出版社から丸田氏の手紙が届いておらず(これはこれで大問題だが)、『創』の取材で初めて問題を知ったのかもしれない。それでも、この時点から提訴まで1年近くも時間があった。『創』で記事になり、ネットでも検証サイトができるほど騒ぎになったにも関わらず、どうして事態を解決しようとしなかったのか。

 小林氏の作品が全くのオリジナルであると仮定した場合でも、写真集を先に出版したのが丸田祥三氏であるという事実は変わらない。

 創作の世界では、先行作品に対して敬意を払うのはごく基本的なことだ。作品を制作する場合には、類似企画・先行作品がないか気を配るのは基本中の基本だし、抗議を受けた場合は、仮にそれが誤解・言いがかりの類であったとしても、誤解を解くべく努力しなくてはならない。

「このような指摘を受けたが、自分はそのような意図はなかった。納得してもらえるよう、十分に説明したい」

 早い段階で、小林氏から直接こうした行動があれば、丸田氏もそれ以上ことを大きくすることはなかったはずだ。逆に、丸田氏と小林氏による、コラボレーションだって企画できたかもしれない。ファンとしては、そうあってほしかった。

 この点で、小林氏の一連の対応は誠意を欠いていたと言わざるを得ない。

 反対尋問で小林氏がとった行動も、残念だった。

 小林氏は、「解説文の調査・執筆はスタッフがやったことで、自分は関知していない」、「10年以上前のことなので覚えていない」という発言に終始した。

 「全く覚えていない」というのも、人を雇う立場の人としてどうかとは思うが、これはまあ、もしかしたらそういうこともあるかもしれない。

 しかし、いくら世間から「先生」と呼ばれるベテラン写真家といえど、自分の写真集に掲載される文章について、「一切関知していない」ということがあり得るだろうか。出版社の編集者にすら会っていないということが、あり得るだろうか。

 これが真実だとすれば、小林氏の写真集は、極めて無責任な作り方をされていたということになってしまう。

 小林氏の写真集は、この問題が存在しなかったとすれば、優れた作品であると思う。それが小林氏が述べたような姿勢で制作されていたとは、僕はできれば信じたくない。

「自分は写真家、芸術家であるから、その施設が何であるか、由来はどうであるかは大した問題ではない。精錬所と選鉱所を間違えたとしても、写真の価値には関係がない」

 小林氏の主張は、このようなものだった。この考え方自体は、僕も同意できる。そういう考え方があってもいいと思う。

 では、なぜ、そのどうでもいい解説文を自身の写真集に掲載したのだろう。小林氏が、施設の由来は大した問題ではないと考えていたのなら、撮影場所と撮影年だけ記載すればよかったはずだ。自身の意図に反して、出版社の意向で掲載されてしまったのだろうか。駆け出しの写真家ならそういうこともあるかもしれないが、解せない話である。

 小林氏の証言姿勢は、「盗作を行った疑い、あるいは盗作に関与した疑い」について、法的な責任を回避するには有効だったのかもしれないが、その代わりに写真作家として多くのものを失ってしまったように思う。

 では、僕は丸田氏を全面的に支持しているのか、というと、そうでもない。僕自身、学生時代から氏のファンである。問題にされている作品を比較しても、丸田氏の作品はほかの人が決して持ち得ない独特の輝きを放っており、別物と思っている。

 作品がよく似ている、という点以外のところで、いろいろと苦しい思いをされてきたのはわかる。しかし、読者・ファン・鑑賞者の視点に立てば、丸田氏の作品は、小林氏の作品がどんなに類似していても、その価値はいささかも減じていない。

 「写真家は写真で勝負するべきだ」と言っているファンの多くは、そう言いたいのではないだろうか。

 また、本来カラーの作品をモノクロに変換して比較することについては、賛同できない。

 「カラーの作品が雑誌などのモノクロページに掲載されたこともある」という主張はわかるが、モノクロで掲載された媒体が提示されないと、読んだ人間に「丸田氏は、小林氏をこき下ろすことが目的なのか」という印象を持たれかねないと思う。

 正直に言って、裁判の行方がどうなるかは僕にはわからない。 丸田氏は、単なる盗作問題ではなく、もっと大きな視点で、「写真界に横行するパクリ容認の風潮」について、問題を提起したのだと思う。この点については大いに支持したいし、自分にもそういう気持ちがないか、戒めていきたい。

 出版界にもはびこる問題に一石を投じる提起として、今後も注目していくつもりだ。

2010年4月26日16:45追記
丸田氏より指摘があり、一部、私の認識不足・誤解がありましたので、『廃墟エクスタシー』についての記述を削除、前後の文章を修正しました。また、「僕は丸田氏の主張を全面的に支持しているのか、というと、そうでもない」のうち、「の主張」を削除します。訴訟上の主張に限定した話ではなく、疑問、あるいは不思議に感じた部分もある、という趣旨に訂正します。コメント欄に丸田氏からの指摘がありますので、併せてご覧ください。

コメント

  1. malta_shozo より:

    栗原さん、本当にどうもありがとうございます。
    僭越ながら二、三ご説明させてください。
    私は小林伸一郎に類似作を後発され、自分の写真の
    質的な意味での価値が減じられた、とは思っており
    ません。またそういう旨の発言もしてはおりません。
    プロ写真家としての活動上、不利益を被ることがご
    ざいました、ということを申上げております。
    それから私が自分のブログ内で、類似作をモノクロ
    転換したのは、小林氏側が「色が違うから盗作じゃ
    ない」と仰り乍ら、小林氏ご自身はカラー作品を
    モノクロで発表したことが複数回ある、と言ってお
    り、それ以降小林氏側がその議論に応じて下さらな
    かったことへの反論です。
    それ以上の意図はございません。
    あと最後に、私はブログ内で、小林伸一郎氏に対し、
    品位の問題でのご批判は加えてはおりません。お手透
    きの折に、いま一度、私のブログ内の当該箇所をお読
    みいただけましたら幸甚です。
    私は性をテーマにした表現を否定してはおりません。
    当日はあの雨のなか、わざわざ東京地裁に足をお運び
    くださいましたこと、心より感謝申し上げます。
    丸田祥三
    ブログ「風景剽窃裁判/写真家・小林伸一郎氏を盗作
    で訴えました…」
    http://blogs.yahoo.co.jp/marumaru1964kikei

  2. かんりにん より:

    丸田さん、コメントありがとうございます。ご指摘の箇所についてですが、
    ・価値が減じられた云々という点について
    →ファンとして、このように感じています、ということです。小林氏の作品が盗作であろうがそうでなかろうが、変わらないということを申し上げました。言葉足らずだったようです。申し訳ありません。
    ・モノクロの変換について
    →意図については現在は理解しているつもりですが、私自身最初に読んだとき、上記のように誤解しかけたこともあり、指摘させていただきました。
    ・品位について
     この点は、こちらの読解不足があったようですので、訂正させていただきます。「が、この表現に関してだけは」とあったので誤解しました。ヌードに限定した話ではないと思いますので、この1行はないほうが良いのでは、と思いました。いずれにしても私の早とちりです。大変失礼いたしました。

  3. malta_shozo より:

    栗原さん、まことに恐縮です。
    ご誠実にご対応して頂けましたこと、深く
    感謝申上げます。
    私としましては、私の言い分を知って、
    皆さんに味方になって頂きたい、という
    ことではございません。
    各ツールが発達した、コピー&ペースト
    時代にこそ、
    表現者は、心のルールを再確認し、
    より誠実にやって行かなければならないのではないか、
    多くの方々にとって、そんなことを考えなおす、
    契機の一つになりましたら、
    心より嬉しく思います。
    こういった件を通じてですが、栗原さんと
    交流することが出来まして、本当にうれしく
    存じております。
    どうぞこれをご縁に、今後とも、よろしく
    お願い申し上げます。
    丸田祥三

  4. モハ52形 より:

    最近は廃墟ブームなんでしょうか。
    書店で廃墟の写真集なんかも立ち読みしたこともあります。
    正直申し上げて私、写真に関しては全くのど素人ですし、丸田氏のお名前も、小林氏のお名前も存じ上げてはおりませんでしたが・・・
    私にもど素人なりの感想を言わせてください。
    正直申し上げて、どういう判定が下るかは私には分かりません。
    しかし下る判定結果がどうであるかに関わらず、いくつか感じる点がありました。
    丸田氏が対象の歴史、由来を丹念に調べて解説されているのに比べ、小林氏はその点が極めて無責任であるように感じます。
    まあ、そういう姿勢は丸田氏、小林氏、それぞれ作品に対する考え方、ポリシーもおありのことと思いますが・・・
    私、個人的には、作品に写しこまれた目に見えるものだけではなく、対象の歴史、由来が作品に重みを加えるというか、厚みを加えるというか、ど素人はど素人なりに、そんなふうに思います。
    そんな感じ方をされる方ばかりではないかもしれませんが、私のような感じ方をされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
    そういう意味で、小林氏はこれをきっかけに、いくらかのファンを失うという結果を招くのではないか、というふうに感じました。
    勝手なこと申し上げて大変失礼しました。

  5. かんりにん より:

    モハ52形さん、コメントありがとうございます。
    僕自身は、本文に書いた通りの意見ですが、人それぞれにとらえ方があると思います。ご意見ありがとうございました。素人だなんてとんでもない、その通り、と思われる方も、多いと思いますよ。
    今後ともよろしくお願いいたします。

  6. yuko より:

    栗原さんのページで今回の訴訟を初めて知りました。私も素人ですし、両者のことも知れませんが、気になりましてコメントします。長くてすみません。
    丸田さんがおっしゃることも少しは理解できますが、
    知的財産権に関する裁判は、結局は、その作品が似てるかどうかが争点で、訴訟に至るまでの抗議の手紙云々は特に問題ではないかと思うんです。
    ただ、出版社を通じての抗議をして無視されたのなら、なぜ小林さんに直接なさらなかったのかというのも疑問です。抗議の手紙も内容証明で送ったのかもわかりません。
    ただ、ホームページに載せている内容の手紙でしたら、
    おそらく私も同じ立場だとしたら無視すると思います。
    というのも写真家とは書いてますが、どのような作品を発表しているのかも書かれていないし、どの作品が似ているのかの指摘もなければ、かなりな不躾ですし、単なるひやかしにも受け止められてしまう気がします。
    今回は、訴訟として、ちゃんと手順を踏まれたから、相手も真摯に受け止めたのではないでしょうか。
    そして、第3者の素人な人間の私が見ると盗作に感じません。
    同じものを撮っているわけですから多かれ少なかれの類似点は、あるわけですし、後でも先でも同じ素材を扱っても、見る側がどう感じて、どっちが好きかを判断していくんじゃないかなって思います。
    そして、本当に丸田さんが不利益を被っている盗作でしたら、小林さんの作品の発表の場を与えた出版社も訴えるべきじゃないかと思うのですが、なぜ本人だけなのかもちょっとした疑問でもあります。
    栗原さんのコメント"読者・ファン・鑑賞者の視点に立てば、丸田氏の作品は、小林氏の作品がどんなに類似していても、その価値はいささかも減じていない"に同感です。

  7. かんりにん より:

    yukoさんこんにちは。ご意見ありがとうございます。
     手紙の件は、僕が傍聴した限り、公判では問題にされていませんでした。本文に書いた通り、「どうして放置したのだろう」という僕自身の疑問の話です。
     ご自身で「第三者で素人」とおっしゃっていることから、出版や写真とは別の世界にいらっしゃるとのだと思います。他の世界でもそれほど変わらないと思いますが、我々の世界では、こうした指摘を放置するというのは非常にまずいです。もちろん言いがかりかもしれませんが、大きな問題をはらんでいる可能性もあるわけですから。
     誠実な方であれば、仮にいたずらなどの可能性があっても、何らかのレスポンスはすると思いますよ。誤解なら誤解と説明すればよいのですし。
     「2」の記事にもコメントをくださいましたよね。ありがとうございます。たまたまこの記事を読まれたとのことですが、他のジャンルの記事を通じて来てくださったのでしょうか。基本はお気楽な日記ブログですので、また遊びに来てください。

  8. yuko より:

    私は放送業界なので知的財産を扱う部分では同じです。
    ツイッターもやってる韓国語ジャーナル読者ですよ^^

  9. かんりにん より:

    ああ、そうでしたか。これは失礼しました。ありがとうございます。
    とりとめもないことを書いておりますが、今後ともどうぞよろしくお願いします。