鉄道漫画アンソロジー『鉄本(テツモト)』

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 講談社から発売された、鉄道漫画「鉄本(テツモト)」。漫画家20組+エッセイスト1人による、オール描き下ろしのアンソロジーだ。

 この本の編集を担当したTさんが知人ということもあり、以前から期待していたのだが、一方で不安もあった。Tさんは、子どもの頃からの鉄道ファンで、気合いの入った本になるだろうと思う一方、最近この手の企画が多いので、二番煎じに見えるかもしれないとも思ったからだ。

 期待と不安が入り交じるなか、書泉グランデで購入した。

 352ページ、1260円(税込み)という、かなりのボリューム。

 目次を見て驚いたのが、その豪華な執筆陣だ。

・安田弘之 (ショムニ)
・うえやまとち (クッキングパパ)
・田島隆/東風孝広 (カバチタレ!)
・吉田戦車 (伝染るんです)
・けらえいこ (あたしんち)
・須賀原洋行 (気分は形而上)
                     ほか

 もっとも、いくら有名漫画家を揃えたところで、中身が伴わなくては、意味がない。では、内容はどうだったのか。


 編集に知り合いがいるから、ひいき目もあるかもしれないけど、

 かなり面白かった。

 鉄道ファンが、非テツの漫画家を引っ張り回す、という最近流行りのパターンだけでなく、実に様々な切り口の作品が揃い、内容の濃い一冊に仕上がっている。漫画だけでなく、読ませるルポのページも充実している。

 僕が、特に気に入ったのは、次の6作品。

「てつとち」(うえやまとち)
 クッキングパパのうえやまさんが、ご夫婦でトワイライトエクスプレスに乗車する話。うえやまさんらしい、誰もが楽しく読めるやさしい作風で、普通の人が「トワイライトエクスプレス」を心ゆくまで楽しむ様子が、爽やかに描かれている。

「ブルトレ子僧の偉大なる挑戦」(田島隆/東風孝広)
 「ナニワ金融道」のくどい絵柄で描かれる、昭和50年代の"ブルトレ"と鉄道少年。これが実にマッチしていて、「ブルトレブーム」の時代を懐かしく思い出した。つーか、田島さん、フラッシュ焚いちゃダメでしょ(笑)。鶴光のオールナイトニッポン(笑)。

「雉」(松本英子)
 飯田線の超秘境駅、小和田駅から大嵐駅までを徒歩で制覇。小和田駅周辺の"ものすごさ"を、これほどしっかり描いた作品はたぶん初めて。山道の描写も手抜きがなく、行った人間ならどのコマがどの場所かわかるほどだ。しかし、あの方が実名で出てきちゃうのは、大丈夫なのかな……。

「最後のブルトレ、母娘の旅」(けらえいこ)
 子どもの頃、九州への帰省にいつも「富士」を利用していたけらさん母娘が、廃止3日前の「富士」に乗車。35年前の、普通の子ども&母親から見た「富士」の旅が随所にちりばめられ、"「富士」ってこんな列車だったんだ"と思える。

「実在うああ日記 大井川鐵道で奥大井のその奥へ」(須賀原洋行)
 全24ページのうち、「大井川本線SLの旅」は4ページでさらりと終わり、後は井川線「秘境」の旅。熊出現直後の尾盛駅下車をはじめ、秘境駅ファンにはたまらない展開が続いた挙げ句に、鉄道趣味を逸脱したクライマックスが待っている。リアルです。やりすぎです。

「能スポ JR岩泉線1日全駅制覇の旅~裏切りの鈴が鳴る~の巻」(能町みね子)
 「オカマだけどOLやってます。」で知られる能町さんによる、この本唯一のイラストエッセイ。岩泉線の全駅を1日で乗り降りしたルポには実に気合いが入っており、マニアックにならず、素人っぽくせず、ぐいぐい読ませる。途中で出合う地元の人々や、各駅が置かれた自然環境も、イラストと文章で克明に記録されており、岩泉線の今を描き切った作品と言える。能町さん、この調子で全駅下車やりません?

 とても楽しかったので、ブログも長くなってしまった。

 鉄道漫画として、かなりオススメできる一冊に仕上がっている。よかったら、ぜひどうぞ。