三宅裕司とわたし。

 「生活ほっとモーニング」に、三宅裕司が出演していた。

 実は、僕は三宅裕司のファンだった(笑)。中学生の頃流行っていた、ニッポン放送「三宅裕司のヤングパラダイス」のヘビーリスナーだったのだ。

 スーパーエキセントリックシアター(SET)の公演もよく見に行った。SETの劇団員に会えるということで、代官山のアミューズにも時々顔を出していたものだ。

 誰でも、芸能人を追いかける時代というのがあるものだ。それが僕の場合、三宅裕司と小倉久寛だった。……。アミューズで、富田靖子のファンと間違えられてファンクラブの集いに連れて行かれたこともある。

 挙げ句の果ては、浅草ビューホテルで行われた三宅裕司の結婚式にも出席?した。SETのファンクラブか、ラジオで応募して当たったように記憶している。

 ホテルのバンケットルームでの結婚披露パーティなんて、もちろん初めてだったが、いちばん印象に残ったのは、新郎挨拶での涙だ。

「(無名時代に)彼女と一度結婚の約束をして、友人たちからお祝いに家具をもらったが、、両親から『まだ一人前になっていない』と反対された。やっと、あの家具を使うことができる」

 そんな話だったと思う。人情に篤い三宅らしい挨拶だった。

 それから20年以上たったが、三宅裕司の笑いはあの頃と全然変わっていない。よく言えば懐かしくて暖かいし、悪く言えば野暮ったい。サムイなあと思いつつ笑ってしまう、不思議な芸だ。

 あの当時の三宅裕司は、今の僕とだいたい同じ歳だったはずだ。そして、今や彼には大学生の娘がいる。いやはや。

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コメント

  1. 歩き者 より:

    私が三宅氏を始めて知ったのは、
    YMO・高橋ユキヒロのオールナイトニッポンの中のショートドラマ・コーナーでした。
    レギュラーとして三宅氏と小倉氏が出演していました。
    もう随分むかしの事になるんですね。
    当時は現在のようなメディアは発達していなかったため、
    声は知っていても、姿は知らずという状況がしばらく続きましたが。(笑)
    20年くらい前の事ですが、、
    運転免許の初めての更新時、
    江東試験場で見せられた教習ビデオの冒頭の数秒のシーンに、
    まだ無名時代の三宅氏が登場していました。
    その頃はすでにメジャーな存在になっていたので、
    場内が、「あれっ?いまのはもしかして?」という空気に包まれました。(笑)

  2. かんりにん より:

    高橋ユキヒロのオールナイトニッポン、ありましたねえ。
    僕は、当時はまだ深夜放送は聴けなかったのですが、
    YMO解散記念アルバム「サーヴィス」は持ってました。ブリッジで、
    SETのコントが入っていました。その後出た、SETオンリーのコント
    アルバム、「ニポノミクス」も。
    初期のSETは、けっこういろいろなことをやっていて、一時期は
    ミスタードーナツのアルバイト教育ビデオが全編三宅裕司とSET
    でした。それ目当てでバイトに応募する人もいたとか。