公平な実況はどこへ?

 日本、韓国、残念。
 僕はサッカーは詳しくないが、どちらも点が入るような気がしない、いやな感じのゲームだった。
 とくに韓国は、アナウンサーも言っていたが、全くいいところがなかったような気がする。
 ペナルティエリアの周辺まで来れば、多少無理があってもガンガンシュートを打つのが韓国の持ち味だったはずなのに、今日はなんだかもたもたモタモタ。そのうちボールを奪われ、カウンターにやられた。
来週のホームでの試合は、がんばって両国とも勝ってほしい。
 ところで、テレビ朝日のアナウンサーが終始韓国びいきだったのは、時代の流れだろうか。
 日本代表の中継では、アナウンサーは日本を応援しまくるのが当たり前になってしまったが、実況は公平に、というアナウンサーの鉄則は、いつの間に消えたんだろう。
 去年のアテネオリンピックの総集編なんかを見ていても、もうとてつもなく偏向した実況をしており、競技によっては気分が悪くなるほどだった。
 昔は、たとえ日本の試合でも、一方に肩入れするような実況はタブーだったはずなのだが。
 清水義範の短編小説で、「偏向放送」というのがあった(角川文庫『アキレスと亀』収録)。マラソンの実況で、最初は公平中立な実況をしていたアナウンサーが、次第にエキサイトして日本選手をひいきし他国の選手を罵倒するというコメディ(パスティーシュ)なのだが、今読むと、それほどひどい偏向放送には見えなかったりする。
「DHK(大日本放送協会)が昔NHKと言われていた頃は、公平中立な実況をしなくてはなりませんでした」
「中立になるわけないですよ。日本人が放送して、日本人が見ているんですから」(うろおぼえ)
 15年前は、んな馬鹿な、と笑っていたことが、今はううむと考えさせられる。

コメント

  1. cherryh より:

    それでも、公平でないことを視る側が認識して視ていれば、まだましなのですが、そのへん、どうなんでしょうねぇ?
    公共放送のいうことだから、なんとなく正しいと思ってしまう、ということはありそうです。