10周年

プロバイダの@Niftyからメールが来た。

2月22日は栗原 景様がアット・ニフティにご入会されてから、
ちょうど10周年目にあたります。
 日頃のご愛顧に感謝し、スタッフ一同、心よりお礼を申し上げます。

イ・ウンジュが幽界の人となったその日、僕はネットの世界に足を踏み入れてちょうど10周年を迎えた。
10年前、1995年。
1月17日に、阪神淡路大震災が発生した。
未曾有の被害をもたらした大災害だったが、この地震は、はじめて「ネット」が注目された事件でもあった。
当時の「ネット」は、「インターネット」ではなく「パソコン通信」である。やりとりできるのは基本的に文字だけで、月に4時間使うだけで5000円くらい料金がかかった。通信速度は、今の1/1000。
だが、テレビ報道が何を伝えたら良いのかわからず右往左往する中、パソコン通信のユーザーたちは、自分たちが見聞きした情報をどんどん発信し、貴重な情報網となった。
試しに、やってみたくなった。
しかし、当時の僕は日本語を使えるまともなパソコンを持っていない。
そこで、ワープロ専用機のミニ書院用のモデムユニットを購入した。価格は1万円ほど、通信速度は1200bps。
マニュアルと首っ引きで設定。無手順? 全二重.? プロトコル? ???
頭がウニになりながらも、なんとか電話にコードをつないで、Niftyserve入会キットに書いてあった番号にアクセスした。
ピー、ゴロゴロゴロ....
ファックスのような音が聞こえてきた。しばらく間があいて…
「ようこそNiftyserveへ オンラインサインアップ」
ワープロの画面に、文字が現れた。
感動した。
「阪神大震災情報」
ゆっくりと、現地の情報が流れていく。
「灘区どこどこ町の状況は……」
「住所を教えてください。自転車で見に行ける場所だと思います」
「誰それさんと連絡がつきません、ご存じの方がいらっしゃいましたら……」
「誰それさんは無事です。どこそこ体育館に避難していらっしゃいます」
一晩中、BBSにかじりついていた。
僕が、生まれて初めて大韓民国へ行ったのも、この1995年2月のことだ。
はじめてWindowsパソコンを購入するのは、それから8ヶ月後の1995年10月。
そして、この春、@Niftyはパソコン通信事業を事実上終了する。
もう、10年たったのだ。