【再録】韓国人とスナップ写真

※この記事は、2007年9月12日にスペースアルク「韓国まろん紀行」で発表したものです。

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まだ留学生だった2003年、天安の在来市場を歩いていた時のこと。誰を撮るわけでもなく、メモのつもりで、市場の風景を切り取りながら歩いていると、突然、後ろから声をかけられた。

「おい、なんで俺を撮るんだ。何に使うんだ」

振り返ると、50代くらいのおじさんだった。写真を撮っていた方向とは、全然別の所から出てきたのだ。撮っているわけがない。自分は日本人で、ただ観光しているだけだと説明したが、おじさんは納得しなかった。

「日本人は礼儀正しい国民と言うじゃないか。その日本人が、どうして観光地でもないのに、写真を撮るのか。何に使うつもりだ?」

どうも、日常風景をパチパチ撮っているのが、理解しがたいらしかった。

その後、あちこちを旅するうちに、韓国ではスナップ写真という概念があまり一般的でないと分かってきた。韓国の人は、旅先やレジャーで写真を撮る時も、何かと大げさなポーズをつけて「記念写真」にしたがる。ごく自然な日常風景を、そのまま切り取った写真はあまり見ない。街角の風景を撮っていたら、たまたまそこにあった観光案内所から係員が出てきて、詰問されたこともある。

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韓国の友人は、申告制度が生きていた、民主化以前のピリピリした時代の名残ではないかと言う。たしかに、写真を撮って怒る人は、年配の人に多い。だが、それだけではない気がする。日常を切り取るスナップ写真は”素材の味を生かす”日本にマッチし、演出を加える記念写真は、”味を重ねて旨みを作り出す” 韓国にマッチしている。そういうことなのではないか。

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もっとも、これは数年前の話。現在は、状況が大きく変わりつつある。そのきっかけは、デジカメと携帯電話だ。好きなだけ撮れるデジカメが普及し、携帯電話にもカメラが付いたことで、「写真を撮る」「日常を切り取る」という行為が、生活に根付いたのだ。地方に行くと、カメラを見つけた子どもたちに、「写真撮って!」とせがまれることも多い。

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最近はデジタル一眼レフブームで、”観光地でもない所でカメラを構えている人”も増えた。市場などで写真を撮るときは、近くの人に声をかけるようにしているが、以前のように問答無用で断られることは減った。

デジタルカメラは、人々の意識まで変えてしまったのかもしれない。

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