電車で隣り合ったおじいさん

 秋葉原駅から、総武線の各駅停車に乗車。車内は比較的空いており、車両の隅のほうの座席に座った。

「いいカメラですね。そういうカメラで撮ると、やはり違いますか」

 隣に座っていた、60~70歳くらいの男性が話しかけてきた。僕が手にしていた、EOS5Dに興味を持ったらしい。

「そうですね、最近は小さなカメラもきれいに写りますが、こういうカメラだと、背景をぼかすような表現ができるんです」
「ほう、そうですか。私のカメラは、2万円もしなかったんですが、けっこうきれいに写るんですよ」
「小さなカメラも、とてもよく写りますよね」

 カメラが好きな方なのかな。それでも、今どき通勤電車の中で話しかけてくるのは珍しい。

「私は、こういう周遊券で旅をしているんです」

 周遊券。ずいぶん久しぶりに聞く単語だなあと思って、男性が手にしたきっぷを見た。

JAPAN RAIL PASS。

 びっくりした。ジャパンレールパスは、外国人や、海外に永住している日本人のためのフリーきっぷだ。「のぞみ」を除く、JRグループの全線・全列車に乗車できる。見た目は、谷中あたりを散歩していそうな普通の日本のおじいちゃん。あるいは、移民をされた方なのだろうか。

「海外にお住まいなんですか」
「そうなんです。アメリカの、メリーランド州に住んでおりまして。久しぶりに日本に来たんですが、飛行機がなかなか空かなかったんですよ」
「今円高で、日本人の海外旅行が人気ですからね。では、成田から?」
「いえいえ、先月20日にハワイから嘉手納に入りまして。しばらく空きが出るのを待ってから、横田に飛んだんです」

 ……えーと、なんだって?

「もう退役しましたが、私は米軍のほうにおったんですよ。軍の飛行機は、現役の人が優先なので」

 まじまじと、おじいさんの顔を見てしまった。

「元は、日本の○○市にいたんですけどね。大学に行けなくて、それが大変に悔しくて、アメリカに渡ったんです。いろいろな仕事をしました。結局、軍の仕事に落ち着いて、大学も後になって向こうで卒業しました。いや、昔のことです」

 電車がトンネルに入った。四ッ谷駅を発車したらしい。

「まあ、若いころはcomplexが強かったんですなあ。向こうで結婚もしまして、いろいろあってこの歳になりました。今は、軍の飛行機で世界中に行けるようになりましたし、家族も元気です。そう考えると、この人生も悪くなかったな、と最近思えるようになりました」

 独り言なのか、僕に語っているのか、おじいさんは淡々と話しているる。この方が、「大学に行けなかった」のは、半世紀くらい昔のことのはずだ。「アメリカに渡ったんです」という一言の裏には、どれだけの物語があるのだろう。どう答えるべきか、困った。

「……すてきなお話ですね」
「すてき、どうでしょうね。軍にいましたから、戦争にも行きましたよ。湾岸戦争です。前線に到着すると、もうその日から、Missileが飛んでくるんです。それを、ペィトリッで迎撃したんですよ……ペィトリッご存じですか」
「パトリオットミサイルのことですか」
「そうそう」

 10年くらい前までは、死んだじいちゃんからよくこんな話を聞いたものだ。大湊港で、太陽を背に突っ込んでくる米軍機に機銃を掃射したって話。しかし、このおじいさんから語られる戦争は、湾岸戦争だ。語っている場所が総武線の電車の中だけに、奇妙なリアリティがあった。

 もっと話を聞きたかったが、まもなく電車は代々木駅に到着した。

「これから恵比寿に行くんです。それでは、お気を付けて」

 大きな物語を秘めたおじいさんは、ほんの一瞬だけ僕の目の前に現れて、また東京の雑踏の中に消えていった。

コメント

  1. とぅごしぽ より:

    あああ、もっと聞きたかった、その話……。

  2. 歩こう♪歩こう♪私は元気ぃ~♪

    この所、良い天気が続いています。初夏すら思わせる陽気。久々に 散歩でも・・・誘ってみたら、子ども達も大乗り気!結局、先発隊と 私のグループに 分かれてしまいました。・・・というか、置いてきぼりになってしまいました。もうちょっと、春を 楽しみながら歩けばい…

  3. くにー より:

    ドラマですねぇ。

  4. 久留米の次 より:

    一人一人の人生って、その人だけしか分からないドラマがありますよね。
    なかなか聞ける事では無いので、とても貴重な時間ですね。

  5. かんりにん より:

    亀レスです。いつも皆さんすみません。
    車内の出会いって、けっこう馬鹿にならないんですよね。
    むかーし、信越本線の急行「妙高」で一緒になった方(いつの時代だ)が、シテ方観世流能楽師の著名な先生で、しかもご近所だったので驚いたことがあります。
    最近は、旅先の車内で出会った人とお話しする機会も、ずいぶん減ってしまいました。

  6. 八重桜

    満開の時期を待って撮影しようと構えていましたが、「咲いては強風、咲いては強風」の毎日で、待ちきれず葉っぱが茂ってきました。パァーッと満開!(^^)!       ・・・とはならないようです。(T_T)あきらめて、今日写真におさめることにしました。あいにくカラッと晴れ…