対馬で会った人三題

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▲朝の厳原港。博多行ジェットフォイルが出港する

 対馬には、ハングルがあふれている。店の看板、道路標識、郵便局の看板。あらゆるところに韓国語が並記され、町にとけ込んでいる。

 バスの1日乗車券を買うために、厳原(いずはら)のバス営業所を訪れた。交通センターが建て替え中で、今はプレハブにおばさんが一人いるだけだ。翌日の1日乗車券を購入し、ふと見るとデスクの上に韓国語のテキストが広げてあった。

「対馬は、韓国の方が多いですね。韓国語ができる方も相当いらっしゃるんですか」。

 世間話のつもりで話しかけたが、おばさんは首をふった。

「それが、全然いないんです。釜山からの船ができて以来、本当に韓国の方が増えたんですが、受け入れる方は全然できなくて……。私も、何度も勉強しようとして、そのたびに挫折してきたんですけど」。

 これだけハングルが氾濫している対馬に、韓国語ができる人がいないとは。だが、おばさんはやっぱり韓国語を覚えたいと、今日の昼休みにこの本を買ったそうだ。もし、今日この本を買わなかったら、僕が話しかけることもなかっただろう。人の縁というのはわからない。4時間後、バスで南の集落まで往復してきた僕は、再びこのプレハブに寄って、1時間ばかり韓国語の勉強方法をレクチャーした。

「ぜひ、また対馬にいらしてください。今度は、対馬の歴史に詳しい方をご紹介します」。

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▲対馬は、ハングル併記がデフォルト

 翌日、台風10号が去り3日ぶりに釜山行きの船が出ると言うので、厳原からバスで北の比田勝(ひたかつ)へ向かった。乗客はほとんど僕だけ。発車してまもなく、運転手が運転しながら僕に話しかけてきた。どこかで見たような光景だ。

「お客さん、どちらから? え、ソウルに住んでるんですか? いいですなあ。私も、再来週1年ぶりにソウルに行くんですよ。韓国はいいですな。飯がうまい」。

 比田勝までは、実に2時間40分。対馬の魅力や韓国の話題を尽きるともなく話し続け、終点に近づくころには、すっかり仲良くなっていた。ソウルにいらっしゃるなら、ご連絡くだされば美味しい店とかご紹介しますよ。

「そうですか! いやあ、ありがとうございます。で、船は出ますかな。もし今日も欠航になったら、うちに泊まりませんか。いや、今は女房しかいなくて部屋は余ってるんです。韓国の話も聞きたいし。良かったら……」

 長年旅をしているが、今時うちに泊まっていけと誘われるのは珍しい。船が欠航しなくても行きたかったが、今夜中にソウルに戻らないと、韓国語能力試験の申請ができない。必ずまた来ます、と約束して比田勝で別れた。

 もう一人、日帰り温泉で会ったおばさん。大広間でお茶を飲みながら、半ば独り言のように語ってくれた。

「私は東京に嫁いだんですけど、ちょっと事情があってこっちに戻ってきたんです。でもねえ、ここはやはり世間が狭くて、皆すごく細かいことを気にするんです。情がないって言うか。やっぱり、都会のほうが住みよいですよ。私はここ出身だから良いですけど、主人が可哀想でね……」。

 対馬は、2泊3日では短すぎたようである。

コメント

  1. grund1712 より:

    読んでたら、メチャクチャ行きたくなりました。マジで。

  2. かんりにん より:

    良いところでしたよ。
    ちゃんと予算組んで、レンタカー借りて1週間くらいあちこち見てまわりたいところです。
    月末に、ちんぐ音楽祭ってのがありまして、韓国語をイベントのタイトルにしてるんだーと思ったんですが、対馬では以前から友だちのことを「ちんぐ」というんだそうです。これ、いつからそうなったのか調べてみると面白そう。