「『地球の歩き方』の功と罪」の誤り

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 14日、「Business Media 誠」に、「『地球の歩き方』の功と罪」と称する記事が掲載された。世界50カ国を旅したというブロガー、ちきりん氏による記事で、2009年7月10日に、自身のブログに掲載した記事を再構成したものだそうだ。

 20年近くにわたってガイドブックの制作に関わってきたこともあり、興味深く読んだが、ステレオタイプの偏見と事実誤認が多すぎ、正直に言って残念な記事だった。

 多くの人に誤解されている点も見られたので、ここで指摘しておこうと思う。

旅行ガイドブックでは「掲載料を払ってくれたホテルやレストランを掲載する」という事実上の広告方式が一般的なのに
元記事

 まず、これは誤りだ。書籍とムックで若干事情は違うが、書籍のガイドブックでは「掲載料を払ってくれたホテルやレストランを掲載する」ということはほとんどない。

 僕がディレクターを務める『ブルーガイドわがまま歩き韓国』の場合、現在に至るまで、そのような事例は一度もない。それどころか、取材依頼の時には「広告ではないので掲載は無料」である旨を必ず伝えている。これは、基本的に他社も同様だ。

 ムックと呼ばれる雑誌タイプのガイドブックなら、「記事広告」と呼ばれる広告もあるが、写真の使い方、文章、デザインなど、一見して広告とわかるようになっている。それに、「地球の歩き方」がブレイクした当時は、こうした手法はほとんどなかった。

 さて、次は遙か昔から多くの方に誤解されていることだ。

罪(1) “『地球の歩き方』オリエンテーリング・トリップ”とでも 言うべき、エセ自由旅行を生み出してしまったこと
元記事

 これは、発想が根本的に間違っている。これは読者が掲載情報をどう活用するかという問題だ。「ガイドブックの功罪」とは関係がない。

 だが、ちきりん氏は、次のように述べてガイドブックの書いてある通りの旅を楽しむ人を批判する。批判の矛先が『地球の歩き方』から旅行者にズレていることには、気づいていない。

(引用者注:『地球の歩き方』愛用者は)掲載されている店を必死で探し出して、たとえそこがガラガラでも、もしくは日本人客しかいなくても、まったく意に介さず「こ
こだ! 良かった、見つかった!」と入っていく。そしてメニューが出てくると、メニューを見るのではなく、『地球の歩き方』に書いてある(写真が載ってい
る!)料理を「メニューから探す」(元記事

そこには「たとえ自分の口に合わなくても、その国で人気の料理がどんな味か知りたい!」という好奇心は存在しません。楽しい旅行の定義とは、他国に「日本
と違う何か」を見つけ、自国とは異なる風景、空気、文化や人々に心躍り、ワクワクし、感動することではなく、「日本で食べるのと同様の(日本人の味覚に
とって)おいしい食事を楽しむ」旅行だということなのでしょう。(元記事

 いずれも、ちきりん氏の思い込みだ。

 そもそも、旅の楽しみ方なんて人それぞれであり、他人に対して「こういう旅はけしからん」と言うのは大きなお世話である。こうした指摘
は、昔から「旅のベテラン」を自称する方を中心に何度も聞かされてきたが、多くの場合は「自分たちの旅のスタイルこそ本物」という思い込みによる発言に過ぎない。

 世の中には、旅慣れていない人、心配性な人、初めて旅に出かける人、仕事や家庭に忙しくてなかなか旅ができない人、体力に自信のない人が大勢いる。ガイドブックも、旅行会社のさまざまなサービスも、世の中の多種多様な旅のニーズに応えるために存在している。どう活用するか、どこまで頼るか、どこから自力で行動するかは、すべて一人一人の旅行者が判断することだ。ガイドブックに頼り切っても、それで日常とは違う気分を満喫し、生活に活力が得られるなら、いいではないか。

 自分の価値観で「あるべき旅のスタイル」を決めつける行為は、僕は同意できない。

 また、ちきりん氏は、

『地球の歩き方』に掲載されたレストランで掲載されている料理を注文する人に、「なぜそうするのか」

 と問いかけると、

「だって誰か他の日本人が食べておいしいと思った料理を食べる方が安心でしょ」という答え

 が返ってくると述べている。(元記事

 これは本当だろうか。本当にこのような取材を複数の読者に対して行い、「多数の『歩き方』読者が同様の発想をしている」との結論を得たのだろうか。「こう言いそう」と想像で述べたか、たまたま聞いた答えを、一般論に拡大して述べているのではないか。

 というのも、実際にガイドブックを作っている僕の感覚では、レストランの紹介文に「日本人の味覚に合わせてアレンジしている」などと書こうものなら、むしろ読者に避けられてしまうからだ。

 数年前、各ガイドブックの制作者と共に韓国京畿道の観光協会関係者と懇談した時は、各社口をそろえて、「宿泊施設等のサービスは日本の水準を実現してほしいが、料理は日本人向けにアレンジしないでほしい。旅行者は現地の味を求めている」と要望を出した。

 「日本人好みの~」といった記述をすれば、誰もが飛びつくなんていう時代は、とっくの昔に終わっている。もちろん、そういうニーズ自体は今もあるので、情報としてはこれからも必要だ。

 もう一つ、ちきりん氏が最後に述べている「罪(2)」も、思い込みによる事実誤認である。読者を「強固な“『地球の歩き方』信者”」と表現するのもどうかと思うが……

罪(2) 今でも消費者からの直接の情報で紙面構成されているかのように“『地球の歩き方』ブランド”が使われていること
元記事

 これは話が古すぎる。いったい何年前の話をしているんだろう。

 『地球の歩き方』が一般旅行者にも読まれるようになった90年代、「『歩き方』には口コミ情報が載っているけど、不正確な情報ばかりで全然使えない」と
いう悪評が広がり、それが昭文社『個人旅行』、実業之日本社『わがまま歩き』が人気を得る一要因になったという事実を知らないのだろう。

 だいたい、「旅行者からの口コミ」が今もそんなに訴求力になるなら、『歩き方』はとっくにネットに読者を奪われ、廃れているはずだ。

 「先進国や留学編、リゾート編などを中心に、すでに投書情報をあまり使わず構成されたバージョンも出てきています」というのも感覚が古すぎる。現在の
『歩き方』は、ほぼすべてが編集プロダクションまたは著者による情報を中心に構成しており、投書情報は年々少なくなっている。投書情報を求めて『歩き方』
を選択する人は、今や少数である。

 想像になるが、筆者のちきりん氏は、"かつて『地球の歩き方』を愛用していた"という昔の感覚で、そのまま書いてしまったのだろう。個人のブログなら問題ないが、「Business Media誠」のような商用のニュースサイトに掲載するには、いささかずさんであったように思う。

 旅行ガイドブックは、便利な旅のヒント集である。それに頼り切って、楽チンに旅を楽しみたいというならそれも良し。必要な情報だけピックアップして活用したいというのもまた良し。もちろん、全くガイドブックを見ないという選択も自由だ。

 ガイドブックは、一人一人が自分の好みに合わせて活用すれば良いのである。当たり前のことだ。

コメント

  1. おはようございます、栗原様。あ~あ、「ちきりん」氏ににらまれたというのは相当な災難ですね。あの人、いわゆるアルファブロガー出身のライターだから、名前は相当知れ渡っているし。
    こういうと申し訳ないですが、栗原様と「ちきりん」氏の知名度の差は後者の方がはるかに上なので、この誤解を訂正させるには、出版社側の相当な努力が必要かもしれませんね。
    ちなみに、「ちきりん」氏のブログアドレスは、
    http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/archive
    です。コメントもトラックバックもできない仕様になっているのが卑怯だと思います。この思い込みを解くのは大変だと思いますが、どうか頑張って下さい。

  2. かんりにん より:

    こんにちは。誤解をされているようですが、ちきりん氏から「にらまれる」といった事実はありませんし、そのような立場関係でもありません。「誤解」も今のところ生じていないと認識しています。
    ブロガー、ライターの知名度は、こうしたやりとりでは関係ありませんし、議論を恐れていたら、ライターという仕事は務まらないですよ。

  3. かん より:

    うーん。色々と考えられる記事でした。
    某氏は、ガイドブック制作の現場をご存知ないのでしょうか?
    前線では日々、より良い情報を求めて、ライター、編集、コーディネーターが走り廻ってます。
    その姿を知っていたら、あのような記事は書けないと思います。
    いずれにせよ、多くの読者の役に立つよう、精査した情報を発信していきたいですね。

  4. かんりにん より:

    どもです。
    ライター、編集、コーディネーターが努力しているというのは事実ですが、それでも問題点があるなら受け止めなくてはならないですよね。実際、問題・課題はあると思いますし。みんなが頑張っているというのはどこの世界も同じなので、それは反論の根拠にはならないと思います。
    ただ、あの記事は思い込みと誤りが多かったので、指摘しました。

  5. アイスストーン より:

    「『Business Media 誠』の功と罪」ウケますなあ。
    Business Media 誠はライブドアニュースに
    時々載ってるけど、読み始めると胡散臭い
    印象しか受けないからほぼ100%スルーしてたんだけど、
    僕のその認識は間違ってなかったのかもしれませんな(笑

  6. かん より:

    なるほど。ご意見ありがとうございます。
    トゥギャザーも拝見しました。
    コメント欄に書き込みすることがほとんどないのですが、気軽に書いてしまったかと反省。
    自分の伝えたいことと、
    読み手の受け止め方。
    やはりなかなか難しいですね。
    私も、精進精進。

  7. かんりにん より:

    アイスストーンさん
    いえ、「『Business Media 誠』の功と罪」とは言っていません。興味深い記事も多いですよ。
    かんさん
    突っ込み入れちゃってすみません^^コメントありがとう。あ、Twitterフォローしました。

  8. こんばんは。
    >いえ、「『Business Media 誠』の功と罪」とは言っていません。
    勿論知ってますよ。エントリーを拝見した僕の私見です。
    >興味深い記事も多いですよ。
    それが「『Business Media 誠』の功と罪」なんです。
    興味深い記事は沢山あるかもしれない、
    でもそれが誤りである危険性を孕んでいるという。
    「『地球の歩き方』の功と罪」に誤りを含んでいると知らない人達には、
    単なる「興味深い記事」でしか無いんじゃないですかね?
    逆に言えば、かんりにんさんが「興味深い記事」
    と言っている記事も誤りだらけかもしれない。
    何故なら専門知識が無かったり、記事に書かれた内容の
    現場の実情を知らないと正誤の判定は難しいですからね。
    このようなネット媒体は、新聞や雑誌のように専門家から裏を取る事をすれば
    (媒体によっては専門家のコメント丸写しかもしれないが)
    避けられるような問題点を抱えている、
    記者の体験談や想像による私見だけが頼りという記事では、
    残念ながら今回のケースは起きてしかるべきという事です。
    まあ、新聞でも雑誌でもコラムや社説などでは充分ありえる事ではありますが。

  9. かんりにん より:

    アイスストーンさん
    そういうことでしたか。
    でも、それは「『Business Media誠』の功罪」というよりは、「ニュースサイトの危険性」ということのように思います。
    新聞・雑誌メディアも、「裏取り」があるとはいえ、それが100%正しいとは言えないわけです。
    結局どんなメディアでも、受け手に「鵜呑みにしない」スキルが求められるということかなあと。
    いろいろありがとうございます。また遊びに来てください。

  10. たびかえる より:

    こんばんは
    初めてコメントさせていただきます。
    観光を大学で学んでいるものとして記事を拝見させていただきました。
    とても興味深く、ガイドブックでの掲載方法など勉強になりました。
    私の元記事の感想としては、なぜ罪(1)が『地球の歩き方』が原因と考えているのか不思議でなりません。根拠がなく、なぜ他の旅行書籍ではなく『地球の歩き方』なのかなぁと疑問を持ってしまいました。
    “いつからか「『地球の歩き方』に掲載されている場所を訪ねる旅行」をしている人をよく目にするようになりました。”の一文。「いつから」はいつなのでしょうね?
    筆者のちきりん氏は『地球の歩き方』に大きく影響された世代なのでしょう。
    かつて『地球の歩き方』が実際の旅行者の声で出来ていた事を知っている若い旅行者は少ないと思います。
    そして日本人向けの物(実際に存在するかどうかは別として)を消費している旅行者を見下し自分は違うんだぞというアピールがにじみ出ているように思います。
    ちょっと前に売れた書籍「ニッポンの海外旅行」著:山口誠 も少しこれに似ています。書籍の方が出来がいいので惑わされやすいですが。
    長文失礼いたしました。

  11. かんりにん より:

    たびかえるさん
    こんにちは。コメントありがとうございます。
    > なぜ罪(1)が『地球の歩き方』が原因と考えているのか不思議でなりません。
    これですが、「なぜ他の旅行書籍ではなく」という視点で考えるなら、「歩き方が圧倒的に売れていたから」だと思います。僕は、「なぜ旅行者の意識に目を向けず、特定ガイドブックに操られたかのように述べるのか」という点に疑問を持ちました。
    あと、「旅行者を見下し自分は違うんだぞというアピールがにじみ出ている」というのは、僕の感覚ではちょっと言い過ぎで、本文にあるように「自分たちの旅のスタイルが一番」という自負心から来ていると感じました。
    ガイドブックでの掲載方法に興味を持ってくださったとのこと、ありがとうございます。
    「広告ではないので無料です」という断りを入れるようになったのは、ここ10年くらいのように思います。フリーペーパーや、ネットの情報サイトなど、広告主体の媒体が2000年頃から増えたためです。最近は、「掲載は無料」というと「そんなうまい話が」と逆に警戒されるケースも出てきており、「具体的な掲載内容の希望には、誤りの訂正を除き、応えられない場合があります」と付け加えることもあります。
    また遊びに来てください。

  12. どん より:

    【こうした指摘は、昔から「旅のベテラン」を自称する方を中心に何度も聞かされてきたが、】
    とありますが、旅のベテランとは、どなたのことでしょうか?

  13. かんりにん より:

    どんさん
    具体的に誰かのことを指しているわけではありませんよ。
    なんとか総合板の皆さんによろしくです。

  14. どん より:

    かんりにんさん、ありがとうございました。
    総合板では、某先生のことを言っているのではないか、ということになっているのですが、特定の人を言っているわけではないのですね。

  15. かんりにん より:

    どんさん
    もう少し詳しくいうと、総合板に書かれていた指摘は誤りです。
    この記事で言及したのは、海外自由旅行の在り方について、著作物やニフティのフォーラム、個人的な会話で見聞きしたり直接議論したりしたこと全体を指しています。
    某先生、というのは種村氏のことと思いますが、このケースでは想定していません。

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