血液検査の結果に異常が出たのは、6月10日のことだった。
「血液中の成長ホルモンの値がちょっとおかしいんです。通常、栗原さんの年代ですと、0.17が上限値なんですが……」
先生が示した検査結果には、赤い字で「35.8」と書かれていた。正常値の200倍以上である。
「実は、栗原さんを見ていて、まあ普通の方なんですが、ほんの少し、顔つきなどがごっついかな……と思ったんです。それで、今回初めて成長ホルモンを調べてみたんですが」
僕がごっつい……、確かに。でも、それは昔からのことだ。今回の甲状腺の腫れと関係があるとは思えない。またひとつ、笑い話のネタが増えたか。
「成長ホルモンの値に異常値が出た場合、ソマトメジンCという値を確認するんですが、こちらもちょっと高いという報告が来てましてねー。念のため、今再検査しています」
T先生は、いつものほわほわっとした感じで話している。
「で、両方とも異常値という結論が出た場合なんですが……」
僕は、身構えることもなく聞いていた。
「脳の中心の、下垂体というところに腫瘍があることが疑われます」
「はぁ」
* *
6月17日。2週連続で診療所を訪れた。
「栗原さん、やはり成長ホルモン、ソマトメジンCともに高いみたいです。お忙しいところ申し訳ないんですけど、MRIを撮ってきてもらえますか」
「脳に腫瘍がある可能性が高いってことですか」
「はい、脳といいますか、下垂体というホルモンを司る部分があるんですが、そこに腫瘍があるかもしれないんです」
「もし、腫瘍がある、と確定した場合は」
「手術になりますね」
腫瘍といわれたが、実はさほど大きなショックは受けていなかった。T先生の表情が普段と全然変わらない。命に関わるような病気なら、「ご家族を呼んでください」とかいわれるはずだ。へぇ。なんか、ドラマとは違うな。そんな、人ごとのような気分だった。
先生曰く。
今疑われている僕の病気は、下垂体腺腫による先端巨大症。成長ホルモンが過剰に分泌された結果、手やら足やらおでこやらが異常に発育してしまう病気だ。(詳しくはこちら)
「全身麻酔による摘出手術ですが、今は開頭ではなく、鼻や上の歯茎からアクセスする安全な手術方法が確立しています。虎の門病院に、とてもいい先生がいるので、もし手術となった場合は、そちらで受けられるようにします」
その日の午後、仕事の予定を変更して、新宿のメディカルスキャン新宿を訪れた。3年前、膝の関節痛の検査でMRIを撮ったところだ。当時は、関節痛の原因は最後までわからなかった。だが、T先生によれば、これも先端巨大症の合併症である可能性があるそうだ。膝の軟骨組織が肥大し、接触してしまうのだいう。
3年前は、「MRIとはいっても脳腫瘍ではなく関節痛だから気楽」と思っていたが、真犯人は脳腫瘍だったのか。
6月23日、K診療所で経口ブドウ糖負荷試験。OGTTと呼ばれる、通常は糖尿病の確定診断に用いられる検査だ。75ccのブドウ糖の原液を飲み、その後30分ごとに採血して血糖値などの推移を測定する。僕の場合は、重要なのは成長ホルモン。血糖が上昇すると、通常は成長ホルモンの分泌が抑制されるが、先端巨大症の患者は、逆に増加していく。
「あら栗原さん、OGTTなんて、血糖値が高かったの? 若いのに大変ね。生活を見直さないと」
顔なじみの看護師は、OGTTを、糖尿病の検査としか認識していなかった。何しろ、先端巨大症は20万人に1人ともいわれる希少疾病。知らなくても無理はない。
すべての検査が終わり、最終的な診断結果を聞いたのは、7月1日のことだった。
コメント
かげりさん、その後の経過はいかがですか?
ブログ大変興味深く拝見しています、「アクロメガリー」についての動画は大変わかりやすいものでした。
病気、ことに特殊なものについては患者の側があるていどの「当たりをつけておく」ことが大切だと思っていましたが、まさにこの病気などはもっと広く知られるべきものだと思いました。二十万人に一人の頻度の病気といっても、いつ自分や友人が当事者になるかわからないのですから、「知っておく」ことは大切ですね。
そういう意味でも、私にとっても身近な友人であるかげりさんを通してこの病気に対する知識を得たことは大切な経験であり、このブログを読んでいらっしゃる皆さんを大いに啓蒙なさったのではないかと思います。
これからも続きを楽しみにしています。
黒田さん
コメントありがとうございます。
おかげさまで、経過は極めて順調です。
もっとも、内分泌系の検査というのは血液成分の推移を見るので、元気なわりにやたらと時間がかかってしまうのですが。
アクロメガリーというか、下垂体腫瘍という病気は、20万人に1人なんていうものではなく、もっとずっと大勢の潜在患者がいるように思います。
この病気が、もっと多くの方に知られるようになるといいと思っています。
あと、手術は怖くないよ、ということも。