消えゆく京城の名建築

 ソウルの明洞周辺には、日本統治時代に建てられた建築物がたくさん残っている。ソウル市庁やソウル駅、旧朝鮮銀行庁舎などは、帝国主義日本の手による建築にもかかわらず、貴重な文化財として保存が決まった。

 だが、その陰で、文化財と同じくらい価値のある建物が、次々と姿を消している。

 僕がいちばん心を痛めているのは、旧京城株式現物取引所だ。

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 屋上のドームが美しかったこの建物。見覚えのある人はいるだろうか。明洞の北、メトロホテルの向かいに位置する。この写真の左側が、現在メトロホテルのある場所である。 1930年前後の竣工と言われ、新世界百貨店やソウル駅などと共に、ソウルの歴史を見つめてきた建築のひとつだ。

 だが、長い歴史の果てに行き着いた姿は、どうだったか。

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 2004年11月の、同建物である。ドームは撤去され、中はビリヤード場やサムギョプサル店が申し訳程度に営業していた。サムギョプサルを焼く煙が、年老いた壁を、毎日容赦なく汚していく。それでも、華やかな明洞でひっそり時を語るこの建物が、僕は好きだった。

 ある日、取引所はとつぜん、姿を消した。

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 2005年12月の、同じ地点。跡地には、どこにでもあるようなショッピングモールができるらしい。震度3で倒壊しそうな、テナント受付用の仮建築の壁面には、日本でもおなじみの女優がにこやかに笑っていた。

コメント

  1. ぽごしぽ より:

    一方であの南大門は、門前を広場にしたり中を通り抜けることができるようにしたり、ということですが……ま、「正の遺産」か「負の遺産」か、ということなんでしょうか。
    『ソウル名物「南大門」、1世紀ぶり市民に開放』
    http://arch.asahi.com/international/update/0303/012.html
    旧総督府も「ない」のが当たり前になってきましたが、実は好きな建築物のひとつでした。