バレンタインデーの来客

 2月14日。事務所で1人で仕事をしている僕に、女性の来客があった。

「あの…… これ……。ぜひくりはらさんにお渡ししたくて……」

 と言って渡されたのは、傷害保険の見積書だ。

 そう、女性の来客とは、この前の保険会社のおばちゃんだったのだ。予想通りですかそうですか。

 この総合保険会社の商品は、残念ながら契約しない旨、しばらく前に電話で伝えてあった。とりあえず今の僕に必要なのは、怪我や病気をした際の入院・通院補償であって死亡補償ではない。総合保険を検討するのは、いつだか知らないが僕が家庭を持ったときでもいいだろう。

 幸い、このおばちゃんは強引なタイプではなく、一通り話し合ったところで納得し引き下がってくれた。ただ、今後に可能性ありと思ったのか、傷害保険の資料だけ渡したいと、やってきたのだった。

 簡単な見積もりの説明で保険の話は終わったが、今日もそれだけでは終わらなかった。

「くりはらさん、あの、買いましたよ、ハングルの本。とってもわかりやすくていいですね」

 なんと、この前の話通り、「あいうえおから始めるハングルBOOK」を買ってくれたのだそうだ。契約を取るためのリップサービスかとも思ったが、紀伊国屋の売り場の話をしてみると、どうやら本当に買ってくれたらしい。

 いつの間にか、僕のほうが保険のおばちゃんたちから「契約」をとっていたというわけだ。

 自分の本を買ってもらえて、悪い気がするわけはない。

「近い将来、私が家庭を持つことになったら、また検討させていただきます。新商品の資料などは事務所へでしたら送ってくださって結構です。いろいろありがとうございました」

 近い将来っていつだよ、と思いながら、ペコペコしている僕であった。