博多駅から特急「有明」に乗り、ジョンウンとともに長洲で降りたのは7月28日11:50。予想通り、駅前はがらんとしていて食堂すらない。鯉と金魚の養殖で有名な町らしく、駅前には巨大な金魚の模型があった。巨大すぎて気味が悪いが、ジョンウンは「日本の文化!」などと言いながら嬉しそうにデジカメで撮っている。初めて見る日本文化が巨大金魚というのは、いかがなものか。
港があると思われる方角へてくてく歩く。僕はてくてくだが、彼女はゴロゴロ。2週間の滞在ということで、小型のスーツケースを持っているのだ。「カル様」の異名を持つ僕としては、当然「大丈夫ですか、持ってあげましょう」と言うべきところだが、ただでさえ熊本県まで来ているのに、これ以上親切にすると彼女が負担に感じるかもしれない。そんなみごとな日本人的配慮により、だまって見守ることにした。決して、僕が肝心のところで気が利かない独男というわけではない。
だが、港は遠かった。ホームステイの案内にある通り15分歩いてみたが、潮の香りすら感じない。通りかかった男性に尋ね、交差点を曲がり、人家はあるが通行人が皆無という道を30分ほど歩いて、ようやく有明フェリーターミナルに着いた。やっぱり、ここに外国人が一人で来るのは無理がある。
長洲-多比良という超マイナーっぽい航路にもかかわらず、フェリーにはかなりの客が乗っていた。このフェリーを使えば、陸路で諫早を経由するよりも1時間以上速く、交通費も安く済むのだ。トラックなどの自動車も同様で、有明フェリーは島原-熊本・福岡間輸送の大動脈なのであった。ベンチタイプの客席にはトラックの運転手がごろんと横になっており、生活臭が漂う。
真っ青な有明海の向こう、次第に近づく雲仙の、険しい稜線を眺めるうちに、多比良に着いた。その辺にいたおじさんに、駅の場所を訊くが、訛りがきつくて聞き取れない。いよいよ日本語がわからなくなってきた。
港の前の道を直進し、左に曲がって川を越えたところを右折、踏切をわたって次の交差点を左折したカーブの先、というとてもわかりやすいところに多比良駅はあった。雑貨屋が一軒あるだけの、いかにもひなびた田舎の駅だが、サッカーボールをデザインした街路灯がかわいい。大学で視覚伝達デザインを専攻しているというジョンウンは、フェリーターミナルや街路灯のデザインに、いちいち感心していた。
小さな駅に入ると、そこにはすでに何人もの外国人が集まっていた……ということはなく、みごとに誰もいなかった。14時になっても誰も来る気配がないので、参加要領にかかれた番号に電話する。
「えっ、今多比良駅にいらっしゃるんですか? すぐ行きます」
いったい、この13時か14時に集合という一文は、誰が書いたのか。
何はともあれ、ほどなくホストファミリー?らしい女の子とおじいさんが現れ、めでたくジョンウンは目的地に着くことができた。ソウルでまた会いましょうと約束し、手を振って別れる。彼女の日本滞在が、実り多きものとなることを祈ろう。
港に戻ってフェリーに飛び乗り、すぐさまサントリーモルツを買う。日本に着いたら日本のビールと思っていたのだが、お酒が飲めないジョンウンに配慮して、我慢していたのだ。昨日の「ニューかめりあ」、ビールのロング缶が免税で250円だったのに……。
やっぱり、日本のビールは旨かった。