となりの席の気になるあの子

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 新しい企画の打ち合わせで、都内のカフェに入った。
 隣のテーブルでは、若い女性が一人で本を読んでいる。
 栗色のショートヘアに、やたら肩の張ったスーツ。ただ読書をしているのではなく、ノートを開いてメモを取ったり、本にマーカーを引いたりしている。本の背表紙が、ちらりと見えた。
 「マスコミ就職読本
 マスコミ志望の学生か。まさか今春卒業ということはないだろうから、2005年卒業見込みなのだろう。まだ3年生というのに、大変だ。どうやら出版志望らしい。表紙に「新聞・出版編」の文字がある。出版界はどこも不景気で、出版社に新卒で入るのは極めて難しい。なんとか、頑張ってほしいものだ。
 しばらく、その子のことを忘れて仕事の話をしていた。
 なにかの拍子に、ふとその子の方を見た。おや、読んでいる本が変わっている。
 「中谷彰宏 面接の達人 バイブル編
 …メンタツか。リクルート学生が、こぞって読む就職マニュアル本の代名詞だ。メディアへ進もうという人が、そんなの読んでていいのかよ、と思ったが、まだ就職戦線は始まったばかり。流れを掴むという意味では悪くないかもしれない。彼女は、「メンタツ」にマーカーで何か書き込んでいた。きっと、「キミという人間は、世界に一人しかいない」とかいった決めゼリフをチェックしているのだろう。
 さて、それから40分ほど経過して、空になったコーヒーカップが乾いてきた頃である。軽く背筋を伸ばして、ストレッチをしたとき、また隣のテーブルに目が行った。彼女は、相変わらずノートを開いて時々メモを取ったりしながら、熱心に本を読んでいる。その本が、また変わっていた。
 「鉄道ジャーナル
 一瞬、意味がわからなかった。もう一度、今度は凝視する。表紙に、JR西日本の500系新幹線電車。特集「第1列車ものがたり」。間違いない。ジャーナルだ。図書館から借りたらしく、表紙にバーコードが貼ってある。彼女は、ジャーナルの誌面を目で追っては、やはりノートに何かを書き綴っていた。
 …まあ、そういうこともあるかもしれない。鉄道ジャーナルは社会派鉄道誌を名乗る雑誌である。単なる趣味の記事よりも、交通政策に関するような硬派な記事が多い。彼女は新聞社志望で、小論文対策として日本の交通政策について調べているのかもしれない。僕は、努めて冷静に、椅子に座り直した。
 彼女が、かばんをがさごそかき回す音が聞こえた。じろじろ見てはいけないと思いつつ、「鉄道ジャーナルを読むリクルート学生」に、僕はすでに心を奪われていた。彼女の手許に、視線が行く。ややあって、かばんから一冊の本が出てきた。
 「消えゆく国鉄型特急車両」
 負けた、と思った。
★プライバシー保護のため?若干書名など変えました。

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